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遠隔レッスン、個人セッションの重要性

毎月、東京、大阪等の「氣塾」で、新たな方々が参加されています。
「氣塾」では、メインの「気脈」の詰まりを取り、「氣」の「循環」を再生し、2番チャクラを稼働出来る状態に仕上げ、正確な呼吸法と、調息法をお教えすることにより、生徒さんが自力で「氣」を生産し、コントロール出来ることを第一目的として、開催しております。

上記の施術は、「行」の為の、初期条件を満たしますので、日々の定期的な「呼吸法」の実践により、「氣」の循環は、更に大きくハッキリとなり、錆び付いていたチャクラも「軽く」なり「回り」も良くなっていくのです。
ただ、初期においては、当たり前の事ですが、ご本人の「氣」の生産能力が限られている為、「氣」の圧力を充填し、満たして気脈も含めて鍛えていく』という「氣塾後」のこの行法は、その後の精神とチャクラの健全で、良い発育を保つ為には大変重要と位置付けています。
もちろん、「氣塾」において、除去した「詰まり」は、そもそも、何十年もかけて、溜め込んだ「詰まり」ですから、その後、何もしなかったからといって、直ぐに戻ったりはしません。
ですが「氣」とは、人が生きて、何をするのにも「関わって」いるのです。
人は「氣」が沈んでしまうと、何もする気が起きませんし、逆に「氣」が上がれば、何かをやる「勇気」が湧いてきます、それほど「氣」とは、生きるに当たっての重要な要素なのです。

「氣塾」に参加して、初期条件を満たしたからといって、「氣」の「操作方法」や「使用方法」をちゃんと学ばないと、「進歩」はありませんし、「宝の持ち腐れ」になります。
ですから、「意」を決めて「氣塾」にご参加されたのでしたら、そのまま、「放ったらかし」にするのでは無く、日々の「呼吸法」と共に、「遠隔レッスン、個人セッション」を受けて、着々と「進化」して行ってください。
なにより、あなたの「大事な人生」なのですから。

「氣塾」 代表 木村丈彦

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あなたも「強く」なってください!

《「あなた」は「何人の人達」に「心配」をかけていますか?》

「あなた」さえ「強ければ」周りの「何人もの人達」に「安心」を与えられるとは、思いませんか?

私はこれまで、《「私さえ強ければ」周りの何人もの「人達」や「他の人達」さえ、「安心」をさせてあげることが出来る!》と言う「思い」で「修行」を重ねて来ました。

「強い」ということは「精神的」「仕事的」「体力的」「生活的」「健康的」「金銭的」それら全てにおいて「強い」と言うことです。
その中において最も重要で「要=かなめ」となるのが「精神面」です。これが先ず「しっかり」としないことには、他は「ままなり」ません。

「人」は「知らない」物事に「恐れ」や「不安」を抱きますから、「精神面」においては「知ること」は非常に大切です。

本当に「知るには」、行動し「体験」しなければ「知ること」は出来ません。「強くなる」為には、本来は「苦労」をして「修羅場」をくぐり抜けるのが「一番」です。しかし「誰もが」その様な「宿命」を「持てる」とは限りません。「人」が何をするにも「気持ち」すなわち「氣の持ち様」が「強く」なければ何も「始められない」訳ですし、この「命題」は、古く「人類」に「文明」が出来て以来、「研究」され続けてきたことであり、その「答え」が「インド」では「ヨーガ」であり「中国」では「気功法」「練功法」なのです。

今、「氣塾」に参加されている方々は、その様なことに、「気がついた人達」です。「ありのまま」で良い訳ではなく、そこから「人」は皆、「より良く」ならねばいけません。

「強く」なることは「楽=らく」になることでもあります。「強く」なって、あなたの「大切な人達」を「安心」させてあげたら「いかがですか?」。

《「人」は「強く」ないと、他の人達に何もしてあげることは、出来ません。》

「氣塾」主宰  木村丈彦

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人からの影響を受けやすい方々へ

「氣塾」において、今、最も多く来られる「生徒」さんは《人の(影響)を受けやすい人》です。

「職場」や「友人」等の関係において、その方と相対しての場面において、相手の方の「負」の感情を「受けやすい」。これは相手自身が「負」の感情を抱いてる場合、相手が「その人」に「負」の感情を「ぶつけて」きた場合も、同じ様に「ダメージ」を受けます。そして、その後々まで相手の「言葉」が「気になって」しまい、頭から離れず、その意味を「考え込んで」しまう。何かと「受け身」になってしまう方です。

または「仕事柄」。例えば「整体師」「看護師」「美容師」又は何らかの「指導」をする立場の方々、相対する事が「前提」で、時には相手に「触れないと」いけない様な「職業」の場合も同じくで、「限られた」時間内に「相手」の「心身」の状態を「理解」し「把握」しなければいけないのですが、特に「整体師」や「看護師」の場合、相手の「心身」の状態が「良く無い」場合が多い為に、後々まで「疲れ」や「気分的」な「ダメージ」が尾を引いてしまうのです。

この、どちらの「タイプ」の人も何かある度に、自分が「弱って」しまうのを「自覚」しており、《「他の人」からの「影響」を受けないような「自分」を作りたい》と考えておられるのです。

でも、考えてみてください。それらの「他の人」の「心の状態」を「受け取りやすい」という「感覚」自体は、決して、悪い事ではないのです。
その「受け取った」と思われる「感情」は「9割」以上の確率で当たっており、まして「仕事柄」によっては「必要」な「能力」であり、他の人によっては「修行」の中で「身に付ける」ような「能力」でもあるのです。

《要は「ダメージ」さえ受けなければ良いのです》

考えてみてください。あなたの「気力」に「余裕」さえあれば、そんなに後々まで「気にならない」事柄は多いはずです。「まあ、いいか」で次に「気分」を切り替えれるはずです。それらは重なった「疲労」や「ストレス」から「心身」の「氣」が「目減り」して「弱って」いるから、そうなるのです。

「万物の理」の通りで《「氣」は「強い者」から「弱い者」へ流れます》
「負」の感情も然りで、「強い者」から「弱い者」へと流れるのです。
あなたの「気力」が「強く」なりさえすれば「万事解決」なのです。

だから「強く」なってください!
全ては「呼吸法」一つです。
その「方法」が「氣塾」には「有ります」から。
四ヶ月もあれば「変われます」。

「氣塾」 代表 木村丈彦

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「魂の設計図の解読」と「占い」「リーディング」の違い

狭義においては「人」には「宿命」というものと「運命」というものが有ります。

「宿命」とは「人生の転機」に関わる「大きな」もので、例えば「結婚相手」や「親子」「姉妹」「兄弟」又は「人生」において、強い影響を及ぼす「相手」の様に、前もって「あの世」での「約束」において「決まっている」もので、基本的には「変更不可能」なものです。
それに対して「運命」とは「バイオリズム」の様に「毎週、毎日、また一日の時間」によっても絶えず「変化」をしているもので「運気」を司っているものです。これを「前提」にすると「宿命」とは「他の魂」との「今世」で織り成す「物語り」の「シナリオ」ということになります。

その「シナリオ」の「約束」と実際の行動を「間違えない」為に「魂」の中には、あらかじめ「設計図」というものが、前もって「組み込まれて」います。しかし「人」とはその「運命」に「荒波」が生じた際、「動揺」して「右往左往」する訳で、自分の「選択」した「行動」が「間違って」いるか?いないか?を「測る」為に、人はしばしば「胸に手を当てて考える」ということをするのです。

それぞれの「人」が「他の魂」達と様々な「シチュエーション」の中で行うべき「役割り」というものがあり、互いに、それぞれの「人生」に「関与」し合うのですが一番大事なことは《「今」の「あなた」がどういう「状態」に在るのか?》ということです。なぜなら、今の「あなた」が居るということは、今の「あなた」を作る為に「これまでの人生があった。」ということです。

ということは「これからの人生」は、「あなた」がこれから「仕込んで」「切り開いて」いくべきものなのです。これまでの人生が「あなた」の「選択」に
よって「造られた」ように、あなたが「約束」に沿って「仕込んで」いかなければ、いけないのです。

今の「あなた」の「人生」は、これ迄の「あなた」の「選択」の繰り返しによって「造られてきた」ものです。

そして、これからの「あなた」の「人生」は「あなた」が「仕込んで」造っていくべきものなのです。

「占い」が好きな方々は多いと思います。「命、卜、相」や「占い師」による「質」の違いは有ると思いますが、基本的に「占い」とは「あなた」自身の「産まれ」や「名前」等を持つ人々は「この様な、人が多い」という「経験的」な「統計学」に近いものです。もう一方の「リーディング」は「あなた」の「ハイヤーセルフ」または「守護霊」等からの霊的な「啓示」を受けようと、するものですが、その「望む」べき「ターゲットの霊」と繋げれる「確証」は薄いのが実際です。これらには「確度」の問題から言える事として、「占い」なり「リーディング」なりしてもらったからといって、《皆さんが実際の「行動」を「変える事」は「ほとんど無い」》という事があります。

何故かと言えば、その「答え」が実際の「日常」から「遠い」からです。ここが「魂の設計図」との大きな違いとなります。「運命の傾向」とか「お告げ」ではなく、人生の「転機」となる具体的な「あなた」のとるべき「行動」や「言動」こそが、あなたの「魂の設計図」に書かれている訳で、それを「あなた」から直接「読みとる」のが「魂の設計図の解読」なのです。ですから「転機」が近ければ、近い程「細かく」「具体的」なものになるのです。それは「誰か」に「運命」を「変えてもらう」のではなく、「あなた自身」が「理解」して「変える」のが「あなた」の「大切」な「人生」だからです。

「未来」というものは、単純に「過去」からの「延長線上」と言う訳ではなく「あなた次第」でいかようにも「変化」します。誰かに「導いて」もらう、という「受け身」ではなく、「積極的」に「あなた」が「関与」しなければ、ならないものなのです。

「それは、そうでしょう?」

「そういうものなのです!」

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先ずは「氣」を「体感」して、「氣の存在」を 「確信」してみてください!!

「氣塾」とは、、
「古式マスターヨーガ」と「武当派太極内丹法」の「技法」を「使用」して、強力な「気力」を養い、「氣」の「制御法」を「体得」して頂く為の「塾」です。

その「第一」として、《「氣」を「発生」する為に「必要」な「諸条件」を先ず整えます。》
それは「気脈の詰まりを取る。」事と「氣」の「発電機」である「各チャクラを使用可能」にする事です。これらは「古式マスターヨーガ」独自の「氣の加工術」である「練氣波」を使用して「数十分」の「加工施術」で「可能」なのです。
そして「第二」として「氣」を「発生」「制御」する為の「基本的」に「必要」な「呼吸法」を「体得」して頂きます。「氣塾」で教える「呼吸法」は、「基本型」だけで「12種」最終的には「30種以上」を使い分けていくことになりますが、最も多用する「重要」な「3種類」の「呼吸法」を、「初日」に「学んで」頂き、その後の「自主練習」と「遠隔レッスン」へとつなげていきます。各地で開催する「氣塾」では、以上の「基礎過程」を「1日」で、行なう事が「可能」なのです。

「古式マスターヨーガ」と「武当派太極内丹法」により作り出す「氣」は、非常に「強力」です。「大半」の方々が、その「当日」に「氣の体感」を「感じられ」、「氣の存在」に対しての「確信」を得れるでしょう。

「氣」の「体感」とは、「氣」の「性質」を知る事から始まります。「氣」はあまり「集中」はしていなければ、人の「神経点」の「温点」に「触り」ますから「温かく」感じます。しかし「強力」に「集中」すると「神経点」の「痛点」に「作用」する為「ピリピリ」「ジリジリ」と「感じる」事が「可能」なのです。その「感覚」は、「個人差」はありますが、当初は「手のひら」から「四枝」に始まり、そして「頭頂」でも「体感」する事が「可能」です。先ずは、何より「実体験」で「確認」してみてください。《「体験」に勝る「知識」は無し。》です。

そして《「氣の存在」を「確信」してください》。

「氣塾」には、様々な「状態」の方々が来られます。

「技術」の「習得」に「燃えてる人」、「スピリチャル」に「興味のある人」、「悩み」を持ち「精神的」に「凹んでいる人」、「身体的」に「病気」を長期に渡って「患っている人」、そして「年齢」も「社会的な立場」も様々です。それぞれの「精神状態」の「差」があり、「プラス」からスタートの人が居れば、「マイナス」からのスタートをされる方もおられます。

でも《「氣塾」においては、大きな「差」にはなりません。》

何故なら「マイナス」スタートの方々の方が、「プラス」に「変わりたい!」という「意気込み」「願い」が「強い」からです。「マイナス」からのスタートの方々は、非常に「強く」、「氣」を「取り込んで」吸収します。

「氣」とは「生命エネルギー」であり「精神力」そのものです。それが 「足りない」のですから、「真綿」が「水」を「吸収」する様に「氣」を「体内」に「取り込める」のです。よく「スポーツ選手」が「体力的限界」に達しているにも関わらず、「気力」で何とか「乗り切れる」のも「氣」の持つ「力」なのです。更には、古来より「荒行」というものが存在しますが、これも「行場」と言う「パワースポット」で「体力の限界」まで「行」をする事により、「周囲」に「満ちる」氣の「エネルギー」を無意識にも「取り込み易く」するのが、そもそもの「目的」なのです。ですから「氣」を「体内」に「取り込む」為の「原理」と「コツ」を「体得」出来れば、自ずと、「氣」の「自家発電」も「上手」になれるのです。
ですから「氣塾」では「普通の人」よりも「病んでいる人」の方が「上達」が「早い」場合が、ちょくちょく有りますし、「苦労」されている人の方が「氣」を「現象」に変える事も「早い」場合が「多い」のです。

「ネガティヴ」や「ポジティブ」も、きちんと「続ければ」差ほど「関係ありません!」。

全ては「やる気」と「良くなりたい!」と言う「心意気」が 「可能」にしてくれる、事なのですから。

「氣塾」主宰  木村丈彦

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「あなた」は「何を」、欲しいのですか?

「氣塾」で「学び」「体得」出来る物事は「古代インド」 そして「中国」に古くから伝わる「気力のヨーガ」と 「練功法」の「粋」を集めた「古式マスターヨーガ」と 「武当派太極内丹法」の「技術」、そして「哲学」を含めた、「この世、あの世」に関わるあらゆる「知識」です。

「氣塾」には、様々な方々が来られます。「精神」や「身体」が「病んで」いて、「普通」の人達より「マイナス」におちいっている人達から、「普通」の状態から「仕事面」や「起業」の為に、更に「精神力」を「強化」したい人、「武術」や「スポーツ」をやっておられて、「氣」というものを「知りたい」「体得」したい人まで、様々です。
どの様な「ニーズ」の方々が「氣塾」に来られたとしても、「気力=精神力」の「強化」は「必須」で「共通」しています。
よって「氣塾」での「初頭過程」も「共通」していて 《「精神」の「基礎体力」》を「人並み以上」まで持っていく為の「技術」を、しっかりと「習得」「練習」してもらい、「精神力」を「強化」する為の「諸条件」を整えてもらいます。 皆さん方も、日々いろんな人達と「接して」られて、感じて いることは「正解」でして、人の「器量」とは「気量」ですし「気量」が「大きい」人とは「気力」を「大きく」持つ人です。その人は様々な「困難」を乗り越えた「経験」により、そのような「気量」を蓄えたのでしょうが、これを「技術」によって「人工的」に「強化」する「手法」こそが「氣塾」で教える「技術」なのです。

そして「初頭過程」で揃えなければいけない「諸条件」とは
・全ての「大人」が持つ「気脈の詰まり」を「除去」する
・「気脈」の「結節=グランディ」を「除去」して、 スムーズな「氣」の流れを確保する
・使わなくて「錆び付いた」、「氣」の「発電機」である 「チャクラ」を使用可能にする
・「チャクラ」を回し「気力」を発生させる為の「呼吸法」 を体得する
・作った「氣」を「コントロール」する為の「調息法」を を体得する
ということになります。

これらは「初頭過程」であり、どの様な方々でも「氣」を「強化」して「流れ」を「円滑」にする為の「必須条件」となり、ここからその「人」の欲する「能力」により「細分化」していくのです。

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「修行」とは、どの様なものなのか?

あらゆる「修行法」とは「技術」です。

よくドキュメンタリー等で《◯◯で養った「技術」が、後々に活きる事になる》という表現がありますが、「人」とは本来「心身」において「得意」なことが有れば、「苦手」なこともある、「大変、偏った生き物」なのです。「修行」の本質とは、その「人」それぞれに持つ「苦手」で「凹んだ」部分を「補い」完成に近づける「補完」を第一義としています。

それを「技術的」に成せるのが「修行」なのです。

そして、どの「人」の「心」の中にも、影のような「陰」もあれば、日向のような「陽」もあります。「明るく」「元気」なだけでは「熟慮」が足りず「挫折」を呼び、「考えて」ばかりいて、ろくに行動に移せないようでは、折角与えられた「命」の「時間」は「無駄」になるばかりです。

私も、昔はかなり「偏り」のある人間であったのですが、このように「足りない」「両極」にある部分を「補う」ことにより、その「人」は「円満」になれるのです。

一般の方々は「修行」と言いますと「苦行」「難行」そして「荒行」を「連想」されると思いますが、実際には「日々のコツコツ」と「継続力」が最も「物を言います」。

私なぞは「仕事」ではあっても、1日に10時間に及ぶ「呼吸法」や「練功」をしているのですから、誰よりも強力であっても不思議は無いでしょう。それ程に「日々のコツコツ」とは「重要」なのです。要はそれをいかに「苦」にならない様に「継続」出来るのか?の「問題」であり。

その「コツ」とは、実際の《自分の「人生」に「活かす」》ことに尽きるのです。どの様な「技術」を「体得」したとしても、自分の人生において「活かさ」なければ「意味」は無いのです。逆に、自分の人生の「一場面」であってもその「体得」した「技術」が「活かされれば」、あなたは心底「良かったー!」と思えるでしょう。

「氣塾」で教える「技術」の「真髄」とは、自分の「人生」に「活かす」為のものであり、私はそこを最も「重要視」して、皆さんに「伝えよう」と思っています。

「氣塾」代表 木村丈彦

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「この世」の「現象化」の真実

さて、最近、弟子に教えていっている、物事の中で、「自己コントロール」。その中でも特に「自己制御」を教えていっているのですが、これがなかなかに「難しい!」

これが出来ないと、以前に言った「内三合」やら、いわゆる、物事の「現象化」「引き寄せ」「願望実現」これら全てにおいて「現象化」は、難しいと言っても過言ではありません。

で、その鍵を握るのが「自己制御」。その中の「自己抑制」と「自己増幅」が鍵です。
これは「魂の設計図」の「約束」にも大きく関わる物事になります。

この物事、究極は「両極端」に存在していて、その時々に応じて、その「両極端」を使い分ける必要があるのですが、例えば、一例を出しますと、、

大多数の物事、現象を大きく緩やかに動かすには「自己抑制」

少数の物事、現象に特化して鋭く動かすには「自己増幅」

この物事を、現実に動かす際に、まず、大きく、大多数の物事に対しては、「将棋の駒になって考えるのじゃ無くて、盤面を上から見る目を養いなさい」

と言っています。これは、組織など、多数の人間が絡んで物事が進む場合、情報や命令の伝達、進み方により、多数のシナリオが「可能性」として、進行していく訳で、その幾つかのシナリオの可能性を「感」により、読み取り、最善の策を一つ一つ、打つ必要があります。

この場合、操作する側は「個や我」を出す必要性は、無く、逆に「個や我」に抑制を掛けた方が、狙い通りの現象を生み出す確率は高くなります。
更には現場把握の為の情報を集める為には、「我」を出して言うよりも、聞く側にまわる方が、より、効率的に全ての理解が進み、掌握が可能になります。
掌握が出来れば、大多数に対しての、現象化は確実性を帯びて行きます。
「言うよりも、聞く側にまわれ!」って事ですね。

今度は、逆に、特定の人や物事に特化して現象を引き出したい場合、物事が特定しているのですから、ある意味「難儀」です。リアルに他の人を説得したり、変えたり、自分の周りに密接した、現象を変えて行く、これは、場合によっては、大多数の物事を「現象化」させるよりも、難事業だったりします。

これに、対しては、既に何度かこのブログでも言及しているとおり、「意を決めて、極端に(尖らせる!)」「これに、勝るものなし!」と言えます。

この(尖らせる)という事に対して「どの程度?」とか「どのくらい?」という質問を多々頂きますが、その答えは「他の選択肢を持たない程」っていうことです。周りを全て「崖」にする、とも言えます。

例えとしては、今月の生活費やカード、免許証全てが入った「お財布」を落とした場合、「ヤバイ!絶対に出てこないなんて、あり得ない!!」って心境になるでしょ?それです。そこまで瞬時に本気で思いを詰めたら、大概出てくるもので、まさに、「他の選択肢は、ナシ!」と言えますし、そこまでの思いで、他の人に当たる事が出来た時、思いが成就する確率は、飛躍的に高くなり、ミラクルを生む事さえ可能になります。

これらは、全て、スピードとタイミングのコントロールも必要となりますが、何より先に「意」から出る、現象化の要、「個と我」を「抑制したり増幅させたり」する事こそが重要で、このことを本当に理解出来て、実践出来るようになれると、あらゆる現象は、それに関わる人や人々の「精神力」のベクトルによって成り立っている事が理解できます。

《そう、 人の「精神力」のベクトルと力強さこそ、世の全ての「現象化」の鍵を握ります。》

多勢の人々のベクトルが、一つの方向に「束なった」時、緩やかでも、それは「流行り」や「時流」を生み出し、「現象化」を作り出していきます。
また、それが仮に、ひとりのベクトルであったとしても、それが「尖らせて」最も強力な意思の方向を示せた時に「現象化」は、かなりの高い確率で起こす事が出来るのです。

これらの事実は、マスターヨーガや内丹法に限らず、数千年前の古来から、その時代の挑戦者達によって、人生を掛けて、開発され続けてきた、本当の「帝王学」の一部です。 似たような形を持つものは、他の国にも必ず存在しています。

その時代の挑戦者が、限られた、たった80年か90年かの人の一生の寿命の間に、「いったい、どこ迄出来る事が可能なのか?」、時間と正面を向いて戦った「知恵の結晶」なのだと、思います。

これらの法則をあらゆる手法で体得してしまった人達は、はた目から見たら、目まぐるしいスピードて事をなし得て行くので「乗りに乗ってる!」とか「ラッキー!」みたいに「偶然的」に映るでしょうが、違うのです。

周りを全て「崖」にして、逃げ道を排除して、他の選択肢を無くし「やるしかない」状態をワザと作り出して、「一点突破の集中力」を作り出して、事に望む。

冷静にタイミングを計り「現象化」の中で「時間の流れ」に「圧縮」を掛けていく。

こうして、その人の背負う「約束」を名し得て行く。

《全ては「精神力」のたまもの》なんですよ!

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